告別式でようやく実感した、ばあちゃんとの別れ。

ばあちゃんの葬儀が無事に終わった。

前回の投稿から気づけばもうここ。

毎回そうだけど、やっぱり告別式のタイミングで実感がくる。

涙が止まらなかった。

小学生の頃、両親が離婚して、スケート授業の参観もばあちゃんが来てくれた。

あの“1時間超”の説教も、もう聞けないと思うと寂しい。

お通夜でも告別式でも、ばあちゃんの話、先に逝ったおばちゃんの話で盛り上がった。

やっぱり自分は、亡くなった人のエピソードを語り合うのがいちばんの供養だと思っている。

これからも折に触れて、みんなで話したい。

今回来てくれた親族は高齢の方が多く、来られなかった人も同じ事情がほとんど。

あらためて、「生きているうちにちゃんと話す」をやっておきたいと強く思った。

息子を連れて、東北の親族行脚をしたいな、と本気で考えている。

もちろん、葬儀が終わってもやることは続く。

役所、保険、ライフライン、相続、その他もろもろ。

親族は多くないし、母が対外対応を担ってくれている分、こちらはお金周りと事務をしっかり進めたい。

仕事で法人後見をやる上でも、今回の一連は良い試金石になるはずだ。

四十九日までは、ばあちゃんもこちらにいるらしい。

ならば、知らぬ間に“1時間説教”を食らわないよう、抜かりなくやる。

感謝しつつ、ちゃんとやる。

そういう姿を、息子にも見せていきたい。

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