ばあちゃんを介護することと、8年ぶりの介助と向き合う日々と。

実は先月あたりから、同居している93歳のばあちゃんの介護をしている。

7月の誕生日にはリビングまで出てきて、一緒にケーキを食べてたのに、今はほぼ寝たきり。

ほんの数週間でここまで変わるのかと、改めて年齢の重さを実感するばかりだ。

仕事で利用者の介助をしていたのが8年前。

介護については、相当のブランクがある。

オムツ交換や食事介助といった基本的なことでも、やはり手がぎこちなく感じる瞬間がある。

現役バリバリで介護をしている母に指導を受けながら、なんとか日々を回しているのが現状だ。

これまで初任者研修や講義で「家族は大変だ」と繰り返し伝えてきた立場だが、いざ自分が家族を介護する立場になると、その言葉の重みを本当に思い知らされる。

講義で話していた「想像以上の大変さ」を、まさに今、目の前で体験しているのだ。

“出来ていた人が、少しずつ出来なくなっていく。”

その姿を日々見ていると、言葉にできない感情が押し寄せてくる。

悲しみや寂しさだけじゃなく、

どうしようもない受け止め方の難しさ、

でも支えたいという気持ち…複雑に入り混じっているのだ。

ただ一つ言えるのは、終末期に差し掛かっている祖母とこうして関われるのは、遺産のような形あるものではなく、それ自体が大きな「財産」だということ。

日々の介助は確かに大変で、正直しんどいときもある。

でも、その一瞬一瞬がきっと自分の人生に深い意味を与えてくれるのだろう。

いつ終わりが来るのかは誰にもわからない。

だからこそ、いつ終わりが来ても後悔しないように、関わっていきたい。

介護を「大変さ」だけで語らず、「一緒に過ごせる時間」として大切にしていこうと思う。

8年ぶりに介助の現場に戻ったからこそ感じること、そして家族だからこそ味わう感情。

これからも、ありのままを記録していきたい。

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