AI時代における「自ら書くこと」の再定義。思考力を維持するために。

このブログの累計投稿数が1000記事を超えた。

2020年のコロナ禍、当初は「収益」という実利を目的に始めたこの試みも、気づけば5年が経過。

5年の節目を境に、このブログの更新のあり方を再定義してみたい。

これからは、更新頻度という数字上の義務から解放され、一つひとつの記事の「質」と向き合うことにする。

興味の対象を深く掘り下げ、自身の言葉で丹念に記録していく。

それこそが、現在の私に必要な「思考の研鑽」であるのではないかと思う。

5年前の自分を振り返れば、SEOやホームページ制作、文章構成といった技術的な習得に必死であった。

しかし、1000記事を書き終えた今、実感しているのは書くことがもたらす内省的な効用である。

文字を通じて相手に伝えるという行為は、

自分の中にある曖昧な思考を定義し、

言葉の意味を再認識する格好の訓練となった。

この経験は、私の人生において極めて実り豊かな財産となっている。

また、この5年間で避けて通れない変化が、生成AIの劇的な進化である。

初期のAIは未熟な道具に過ぎなかったが、今は驚くべき速度で知性を磨き、私の文章より遥かに良い文章を提示するようになった。

その成長を頼もしく感じる一方で、だからこそ自ら書くことの価値を再考する必要があるのではないかと感じている。

AIに構成を委ねることは効率的だが、自ら思考を言語化する力を放棄すれば、自分自身の内面的な構成力は次第に衰えていくだろう。

自ら考え、まとめ、表現する力。

この思考力は、AI時代においてこそ、個人のアイデンティティを支える重要な要素となるはずだ。

この書く力の練磨は、そのまま話す力へと還元されるだろう。

自身の考えを論理的に組み立て、淀みなく伝える力。

それは、周囲に安心感を与える大人の余裕に直結する。と、信じている。

相手を納得させるのは、単なる知識の量ではなく、その知識を自身のものにしたことから生まれる「安定感」や「落ち着き」ではないだろうか。

仕事でもプライベートでも、そんな安定した知性を持つ人間を目指したい。

今後、更新の頻度は落ちることになるだろう。

だが、その分、私の思考の純度を高めた、納得のいく記事を積み重ねていきたい。

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